投稿者:びんわ
    「シェリングの無伴奏ソナタ・パルティータについて」

Last Updated: 2003/11/02
Administrator: Binwa


バッハ:無伴奏ヴァイオリンソナタとパルティータ(全6曲)
(1967年、2枚組、G、POCG-9837/8)

 シェリングといえばバッハ、バッハといえばシェリング。シェリングによる二度目の無伴奏の録音はとても有名で、専門家による評論もたくさんあります。わたしが読んだ中では、渡辺先生の評論が興味深く、あれこれ考えました。渡辺先生はシェリングに対して行われる批判に反論された中で、次のような指摘をされました。

「アッコードを『下から上』ではなく『上から下』へ弾くことがあるのは議論の余地があった。彼は自ら校訂した楽譜――ショット版――でその部分を矢印で明確に指定していることは、それがある時期流行しただけに大問題だった。演奏理論上は正しいと思える箇所もあるのだが、バッハ時代にその措置が行われたことは現在では否定されている」
 渡辺和彦著『ヴァイオリニスト33』103頁(河出書房新社)より引用。

 アッコードとは和音のことです。ピアノの場合、指の数だけの音を同時に響かせることができますが、ヴァイオリンにおいては同時に響かせることができる音は2つに限られます。そこで、譜面に3つないし4つの和音が出てきたときには、音を分割して低い音から弾くのが普通です。ところが、シェリングのバッハの無伴奏の録音には、和音を上から弾いている部分があります。それが問題の所在です。

 わたしが持っている楽譜は音楽理論家・教育家として名高いマックス・ロスタルという人が校訂したものなので、シェリングが矢印を引いた箇所がどこかは分かりません。けれども、シェリングの録音や映像を再生すれば、そんなに注意しなくても和音を上から下に引いている箇所をいくつか発見することができます。たとえば、(1)シャコンヌの演奏についていえば、9小節目の[d1・d2・f2]の和音を上(d2・f2)から下(d1)に弾いていることが明確に確認できますし、(2)そのような弾き方は、ソナタ第1番「フーガ・アレグロ」やソナタ第2番「フーガ」などでも聴くことができます。

 「バッハ時代にその措置が行われたことは現在では否定されている」という指摘は、現在の研究成果をふまえた客観的・科学的なものなのだと思います。今日ではバッハの和音を上から下に弾かなくなっているということは、渡辺先生の本の他の箇所にも記述されていますし(前掲書69頁)、この指摘が正しいことは、春に足を運んだ2人のヴァイオリニストのリサイタルで確認しました。すなわち、ギル・シャハムは、シャコンヌの9小節目の和音を下から上に弾きましたし、シェリングを精神の父と仰ぐジェラール・プーレもこの部分を下から上に弾きました。他の人については未確認ですが、おそらく同様なのだろうと思います。

 しかし、、、わたしは、シェリングが和音を上から下に弾いている部分が大好きなのであります! 後に続く旋律のことを考えると、シェリングのような演奏のほうが、自然で、無理がなく、合理的に思えるからです。それに、和音の出し方にこのような変化をつけることが音楽的にマイナスに作用するとも思えません。たとえば、ソナタ第1番のフーガ・アレグロでは、和音を上から弾くことで、非常に躍動感に満ちたメロディをつくりだすことに成功しています。渡辺先生は、上の指摘にみられるような演奏知識をもって訳知り顔でシェリングを批判するのは「為にする批判」にすぎないとおっしゃいますが、それは全くそのとおりだと思います。シェリングの演奏は、はじめから終わりまで美しく、どこにも欠点がありません。にもかかわらず、理論的なことを持ち出してあえて批判を行うのは、底意地の悪い意図があるとしか思えません。

 このCDに記録されたシェリングの音色は、とてもみずみずしく、のびのびしていて極めて美しいです。美音の持ち主は、往々にして自らの音の美しさに浸りきった演奏をしがちですが、シェリングの演奏は、調和が取れていて、純粋・明瞭かつ客観的であり、耽美的な要素はありません。この録音から聞き取ることができるのは、シェリングの技巧の完璧さと、音のニュアンスの幅広さ、そして「音楽」の美しさです。「音」それ自体の美しさは、美しい「音楽」を構築するためのひとつの要素にすぎません。シェリングの演奏が「厳しい」とか「精神性が高い」と評されることがあるのは、音の美しさに浸りきった演奏をしないことに由来するのだと思います。「シェリングの演奏には個性がない」と言う人もいますが、それはどうでしょうか。「シェリングの音楽の美しさ」が個性とならないほど、この世は美しい音楽にあふれているのでしょうか。わたしには、「シェリングにしかできない演奏」というものをいくつも思い浮かべることができます。シェリングの演奏を没個性的だとは決して思いません。

 わたしが好きなのは次の点です。まず、和音の処理が見事なことです。随所に出てくる和音を、まるでオルガンで演奏しているかのように演奏することは生易しいことではないはずです。また、シェリング特有の上から下に弾く和音によってリズムが躍動するのも好きです。次に、音のニュアンスが幅広い点も気に入っています。稲妻が走るかのような張り詰めた音色が鳴り響いたかと思えば、詩的な余情で一杯の切ない音色も聞こえます。シェリングの演奏においては、音量が大きいことと音が強いこと、あるいは音量が小さいことと音が弱いことでは、全く意味が異なるのです。そして、音の微妙なニュアンスの違いを巧みに使い分けて音楽を構築するから、めっぽう美しいメロディとなって耳に届くのです。シェリングの演奏上のあらゆる美点を包含するのがシャコンヌで、その美しさを形容する言葉を知りません。ただただ完璧、美しいと言うほかありません。

 こんな素敵な音楽にめぐり合えたことを、とても幸福に思います。

 


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