投稿者:伊勢存人(大阪市、会社員、33歳)
    「私の聴くヘンリク・シェリング」
Last Updated: 2003/08/05
Administrator: Binwa


 シェリングを一番初めに聞いた録音が正確には分からなくなってしまいました。私が社会人になって2年くらいが過ぎ、タンノイのスピーカーを買ってソフトを適当に集めていた中に、彼が弾く“ベートーベンのコンチェルトのCD”と“ブラームスのソナタのLP”が入ってきました。どちらも折り目が正しく、古典芸術の範を見るような演奏でありながら、情感があふれるほど豊かであることに打たれました。若き日のベートーベンが過ごしたほんの短い幸福な時間を、これほどひしひしと伝える演奏は他に考えられない。孤独なブラームスが誰にも打ち明けられなかった感情をついに漏らしてしまっている3番の2楽章も。節度と情熱、一般には相反するものと考えられがちなこの二つを兼ね備えることこそ、これからの我々に必要なものに違いないとおぼろげながら思ったものでした。人間は弱いもので、結果は良くないと分かっていても自分の感情に抗えずに行動してしまうものですが、彼の演奏は、節度を保つことこそ自らの想いを実現する為の最良の哲学であることを知らしめてくれます。

 彼の演奏に強く惹かれて以来、私は古典芸術に対する関心を強めていきました。能をいくつか見たりしました。また、映画では小津安二郎監督の“秋日和”が言葉の良いお手本です。ここでは、登場人物が自らの感情をあらわにすることは一度もないのに、自己の意志、思惑が確実に他者に伝わっていきます。21世紀に必要なものは、きっと古典芸術ではないだろうか、そうなるといいなあ、とぼんやりと思ったものでした。

 尊敬するヘンリク・シェリング。哲学と美学を修め、数ヶ国語を話すという天才。彼の弾くスケルツォ・タランテラの勢いと正確さはハイフェッツの残した録音より上に聴こえます。その彼のプライベート、特に晩年が必ずしも幸福なものでなかったという叙述を見かけたのは最近のことです。彼の晩年が迷惑老人を演じることになっていたとは不思議な感じがしました。自分を、常人には想像できないくらい厳しく律していたことで、他人にも厳しくなっていったのだろうか。彼の理想と、行動と、感情とは人生の最後にきて調和しなくなっていたのだろうか。

 彼の晩年の録音から、その乱れを指摘することはほとんど出来ません。確かに60年代の輝きのある録音に比べて、ハイティンクと組んだ70年代の録音はやや情熱が薄れ、形式的な美に重点が置かれていたりすることを感じはしますが。しかしその点も、ライブ(びんわさんご推奨のTDKのCD)ではそんなことはなく、生きて血の通ったバッハを誰にも真似できないほどすばらしく輝かしくやっている。

 彼は酒に溺れたり、人に厳しかったりしたかもしれない。しかしそれでも、一人の世界を代表する古典芸術家として、命の限り自らに果たした使命を全うしようとしたことに、鳥肌の立つような尊敬を感じないではいられない。
 

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