ギドン・クレーメル著『琴線の触れ合い』より

Last Updated: 2003/05/13
Administrator: Binwa


ヘンリク・シェリング

 「教授、大使、閣下、マエストロ……ヘンリク・シェリングがどう呼ばれたがったかはともかく、器楽奏者の中でも有名人のひとりに数えられるのは確かだ。彼の腕前はどのヴァイオリニストでも一応兼ね備えてしかるべき前提要件を満たしていた。パブロ・カザルス同様に彼のバッハ演奏(あのころはレコードでしか聴けなかった)が私の父に深い感銘を与えたのは忘れられない思い出だ。調和がとれて、純粋、明瞭、ミスのない演奏だった。こうして私にとっても学生時代、客観的かつ非の打ち所のない演奏の規範だった。

 東ベルリンで彼のバッハやブラームス、ベートーヴェンを経験したが、じつに完璧な演奏で、シェリングの突拍子もない言動とは似てもにつかぬものだった。――たとえば、(略)

 (中略。不快な思い出への辛辣な批判が延々と続く)

 (オイストラフはこう言った。シェリングは、)『私がパリで演奏する時は必ず、わざと近くに座るんだ』。そして、『それでね』とにっこり笑い、『ラジオ放送で誰かとても上手にヴァイオリンを演奏しているのだが、それが誰だか分からないときは決まってシェリングなのさ 』。あの時私はその話を面白がって聞いていた。そしてあれ以来、私も放送を聴いていて何度か同じ経験をした。そのたびにオイストラフの言葉を思い出した。シェリングの演奏の質を的確に表現していると同時に、彼のアキレス腱を指摘していた。」

 

ギドン・クレーメル著『琴線の触れ合い』(音楽之友社)237〜242頁から抜粋して引用しました。

 


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